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高松高等裁判所 昭和61年(ネ)131号 判決 1989年2月27日

控訴人 野口源吉

<ほか五名>

右六名訴訟代理人弁護士 土田嘉平

同 宮里邦雄

同 五百蔵洋一

同 小野幸治

同 東澤靖

被控訴人 御國ハイヤー有限会社

右代表者代表取締役 明石直美

右訴訟代理人弁護士 徳弘壽男

主文

原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

主文と同旨。

2  控訴の趣旨に対する答弁

(一)  本件控訴を棄却する。

(二)  控訴費用は控訴人らの負担とする。

二  当事者の主張《省略》

三  証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

1  控訴人らはその主張のとおりの労働組合である全自交地本の組合員であり、昭和五七年当時、控訴人野口は全自交地本執行委員長、控訴人橋詰は同書記長、控訴人大石及び控訴人筒井は同執行副委員長、控訴人津田は控訴人ら主張のとおりのみくに分会の分会長、控訴人梅崎は同副分会長であった。なお、右当時、全自交地本の組合員でみくに分会に所属する被控訴人の従業員は二四名であった。

2  被控訴人はその雇用したタクシー乗務員の賃金につき固定給(基本給)制を採っていたが、赤字が累積し、経営状態が著しく悪化したため、その立直しを図るべく、昭和五一年春ころ、稼働水揚げに努力する者とそうでない者とが同じ固定給を受けることの不公平を是正するため、各乗務員の水揚高を基準とする歩合給制に改めることとした。これに対し全自交地本が反対して紛争となり、約七か月にわたり断続的にストライキが行われたが、同年一一月二〇日被控訴人とみくに分会との間で、以前から在職している者については既得権(正社員)として基本給と歩合給の二本立とし、その他の者は歩合給のみとする、との合意が成立し、ようやく紛争が解決した。

3  その後、全自交地本は、毎年被控訴人の従業員の労働条件の改善、殊に賃上げ及び歩合給のみの従業員に基本給を加えることを要求し、被控訴人と交渉したが、被控訴人はその経営状態が芳しくないこと、賃金は稼働に励めば高額になるし運賃の値上げに伴い結果的に増額になること、前記合意以後に採用した乗務員は歩合給のみであるが同業他社の実情に照らし不合理ではなく被控訴人の経営を確立するためにやむをえない方策であることを理由にして、要求を拒否し続けた。

4  被控訴人は昭和四七年三月四国銀行に対し被控訴人の所有土地に極度額六〇〇〇万円の根抵当権を設定し、昭和五〇年五月右極度額を一億二〇〇〇万円に変更して存続させており、昭和六一年八月新たに営業所用の土地を購入し、昭和六二年一月同地上に事務所・車庫を建築所有し、これには担保権の設定をしないで済ませているものの、右購入資金は四国銀行から証書貸付二四〇〇万円の融資を受けて賄っており、昭和五七年当時、経営状態が良好であったと言える事情は見当たらない。

5  なお、高知県下の同業者で全自交地本の組合員が従業員となっている三会社では、昭和五二年から昭和五六年までの各春闘において基本給について最低二五〇〇円から最高一万〇五〇〇円までの賃上げと年間一時金として四〇万円前後の支給が取り決められているという状況にあった。

6  被控訴人は昭和五一年以降に採用する従業員の賃金をすべて歩合給のみとし、これらの従業員を臨時雇あるいは臨時従業員と称して正社員にはせず、組合に対しその理由を、歩合給のみの従業員を正社員にすることは自動車運送事業等運輸規則(以下「運輸規則」という。)二五条の七所定の運転者の選任条件に違反するからと説明しているが、被控訴人において正社員が減少し、臨時従業員が増加した結果、運輸規則二五条の六所定の常時選任しておかなければならない「事業計画の遂行に十分な数の事業用自動車の運転者」を正社員で確保することができない状態になっている。

また、「臨時」というのは労働条件の安定の趣旨に沿わないところから、高知県陸運事務所長は昭和五七年九月六日付書面で、高知市ハイヤー協同組合理事長宛に、傘下事業者を指導して、運転者の「臨時」という名称の排除に努めるよう要請しているが、被控訴人は現在もこれに応じていない。

7(一)  ところで、昭和五七年三月当時、みくに分会に属する全自交地本の組合員二四名中、四名が歩合給のみの臨時従業員であった。

(二)  全自交地本は同年の春闘を迎えて被控訴人に対し、基本給一律二万円引上げ、年間臨時給九〇万円支給、臨時従業員を正社員に採用しその賃金を基本給と歩合給の二本立にすること等を要求し、これについて同年四月七日(以下、7項については「昭和五七年」を省略する。)、五月三日、五月一八日及び七月六日の四回にわたり団体交渉を行ったが、被控訴人は乗務員の賃金収入の実績や被控訴人の経営状態からして右要求には到底応じられない旨の回答を重ね、交渉は物別れに終った。

(三)  そのため、控訴人らを含む全自交地本及びみくに分会の幹部はストライキを行うこととし、みくに分会員の多数決による賛成を得たうえ、七月六日の団体交渉の席上で、被控訴人に対し七月九日始業時から七月一一日始業時まで四八時間のストライキを行う旨通告した。これを受けた被控訴人の明石専務は、控訴人橋詰ら組合側の出席者に対し、「ストライキはわれわれのような零細企業にとっては非常な痛手であり、企業の実態からしても大きな損害を被る。しかし、ストライキ権の行使はやむをえない。ただ、会社側にも操業を継続する権利と企業を防衛する義務があるから、ストライキがあっても、タクシーは管理職によって稼働させる。」と述べ、稼働を妨害しないよう要請した。

(四)  控訴人らはストライキの方法として、控訴人ら主張のとおりA勤務・B勤務とも組合員(みくに分会員)が一組になって乗務することになっていた被控訴人主張のタクシー六台(以下「本件タクシー」という。)を被控訴人側において搬出し代替稼働させるのを阻止すべく、全自交地本傘下の支部・分会員に支援を求め、七月九日午前五時ころ、みくに分会員が稼働を終えて帯田車庫及び百石町車庫に本件タクシーを格納すると同時に、控訴人筒井及び同津田が帯田車庫に、控訴人橋詰、同大石及び同津田が百石町車庫に、それぞれござなどを敷き支援組合員一〇名ないし一五名と共に右タクシーの傍に座り込んだり寝転んだりして、両車庫を占拠し、七月一〇日にも、控訴人大石及び同筒井が帯田車庫に、控訴人橋詰、同梅崎及び同津田が百石町車庫に、それぞれ右同様の支援組合員と共に座り込むなどして、両車庫の占拠を続けた(本件タクシーが両車庫に格納されていたこと及び右のように占拠したことは当事者間に争いがない。)。なお、その間、控訴人野口は占拠状況を視察し、控訴人橋詰も百石町車庫から帯田車庫を訪れて視察した。

(五)  全自交地本が右のようなストライキの戦術を採った背景には、四国地区でのハイ・タクの労働争議において控訴人らが高知方式と称する、組合は組合員の乗務する車両のみの稼働を阻止し、非組合員の乗務する車両の稼働は妨げないという争議協定の実例があるのを知っていたことや、組合が昭和四七年二月五日被控訴人と締結した協定書にも、争議行為に関して(1)組合は車両のエンジンキーや車体検査証は所定通り処理し、納金は遅滞しない、(2)会社は争議期間中第三者を利用して業務を行わず、また新たに人を雇入れないとの条項があり、その後新たな協約が締結されていないこと、ストライキの際に組合員と非組合員との間に紛争を起こすことは避けたいとする気持が支配していたという事情があった。

(六)(1)  七月九日午前八時ころ、明石専務は被控訴人整備課長大崎長喜(以下「大崎課長」という。)と共に百石町車庫に来て、被控訴人作成名義で全自交地本、みくに分会、その他関係者を名宛人とし、「被控訴人乗務員の乗務する車両を格納して車庫に不当に実力でピケを張っているが、この事は被控訴人の全自交地本みくに分会員以外の多数の乗務員の正当な労働を阻害し大きな経済的損害を与えようとしている。…ただちにこの場所を退去することを命ずる。……この命令に反く者は業務命令違反として後日必ず厳しく処分する。また損害賠償も請求するので申し添えておく。」旨の内容を記載した七月九日付の通告書と題する書面(以下「通告書」という。)を同所にいた全自交地本の役員に手渡し、口頭で二、三回車を搬出させてもらえないかと申し入れたが、組合員らは誰もこれに応じなかった。

同日午前一〇時ころ、明石専務は大崎課長のほか非組合員の井上登喜彦と同上田某を伴い百石町車庫に来て、井上が車庫内にあった上田の自家用車を搬出し、引き上げた。このとき井上は妨害を排除してでも搬出を強行するとの態度を示して臨んだところ、組合員らは誰も妨害をしなかった。

同日午後二時ころ、明石専務は大崎課長と共に百石町車庫に来て、大崎課長が車庫内にある廃車予定の車のプレートを外して行った。

同日午後四時ころ、明石専務は大崎課長と共に百石町車庫に来て、前記同様の通告書を持参し、口頭で車を搬出させてほしいと要求したが、そこにいた組合員らはマットを敷いて寝そべり、あるいは将棋を指し、新聞を広げており、明石専務が近づいても完全に無視して取り合わなかった。

以上いずれの場合も、大崎課長はプレート外しのとき以外は写真の撮影に専念しており、明石専務は他に代替要員を連れてきて直ちに本件タクシーを操業に供すべく、実力で搬出しようと試みることはなかった。

(2) 同日午前八時ころ、明石専務は大崎課長と共に帯田車庫に来て、前記通告書と同様の通告書を手渡すと共に、口頭で車を搬出するから退去してほしいと要求したが、組合員らは話合いで退去できる状況を作るべきであると反論したり、中には「勝手にせえや。」、「轢いて行けや。」などと放言したりして、まともに取り合わなかった。このとき明石専務が車庫内の本件タクシーに乗り込みエンジンをかけ、車の前方にいる者に進行を妨げないように要求したのに、これを拒まれたという事実はない。

同日正午過ぎ、明石専務は大崎課長と共に帯田車庫に来て、前記通告書と同様の通告書を持参し、口頭で同所にいた組合員らに退去するよう要求したが、組合員らはこれに応じなかった。

同日午後四時ころ、明石専務は大崎課長と共に帯田車庫に来て、同所にいた組合員らに退去を求めたが、組合員らはござを敷いてその上に座ったり寝転んだりしていて、これに応じなかった。

以上いずれの場合にも大崎課長は写真を撮影することに専念しており、明石専務は他に代替要員を連れてきて、現実に本件タクシーを操業に供しようとしたものではなかった。

(3) 七月一〇日正午ころ、明石専務は大崎課長と共に百石町車庫に来て、前記通告書の日付を七月九日から七月一〇日に訂正だけで同内容の通告書を同所にいた組合員に手渡し、口頭で退去を要求したが、組合員らはござを敷き、その上に座って雑談したり、新聞を読んだり、携帯用テレビを見たりしていて、これに応じなかった。

大崎課長は写真の撮影に専念しており、明石専務は他に代替要員を連れて来て現実に本件タクシーを操業に供しようとしたものではなかった。

同日午後一〇時ころ、大雨のため組合員らは引き上げ、ピケは解除された。被控訴人は間もなく本件タクシーを他に搬出したが、この日は操業に供しなかった。

(4) 七月一〇日正午ころ、明石専務は大崎課長と共に帯田車庫に来て、同所にいた組合員に前記通告書と同様の通告書を手渡し、口頭で退去するように要求したが、組合員らはござを敷いてその上に座っているか、車庫前に車庫の方を向けて並べた二台のバイクにそれぞれまたがって椅子代りに使っているなどして、いずれも右要求には応じなかった。

大崎課長は写真の撮影に専念しており、明石専務は他に代替要員を連れて来て現実に本件タクシーを操業に供しようとしたものではなかった。

同日午後一〇時ころ、大雨のため組合員らは引き上げ、ピケは解除された。被控訴人は間もなく本件タクシーを他に搬出したが、この日は操業に供しなかった。

(5) なお、本件タクシー以外にも組合員がストライキのため乗務しなかった車があるが、これらの車及び本件タクシーが被控訴人の管理職及び非組合員によってどのように操業される見込みであったのか、被控訴人の操業計画は明らかでない。

三  右認定の事実によると、明石専務に現実にエンジンを始動させて本件タクシーを搬出しようとしたのに控訴人らが実力でこれを阻止したものではなく、明石専務において時間をかけて強力に搬出を試みたとも窺えないので、果たして控訴人らが搬出を拒んだと言えるかは疑問である。「轢いて行けや。」との言辞は不穏当であるが、車を動かそうとする前に身を挺して叫んだ言葉ではなく、危機感のないときにいやがらせを言って抵抗しているに過ぎないものであるから、搬出を断固阻止したとみることはできない。しかし、この点はさて措き、控訴人らが明石専務の要求があったにもかかわらず、これに応ずることなく、同人の本件タクシー搬出の妨害となるような態度を示したことにより結果的に本件タクシーは格納庫から搬出されず、操業に供されることもなく二日間を経過したことは明らかであり、このように控訴人らが本件タクシーの搬出を多少なりとも妨害するような行動に出たのは、事の経緯に照らし、控訴人らがその相互間及び支援組合員らとの間で意思を相通じ、共謀のうえ行ったものと言うべきである。

ところで、控訴人らは本件占拠及びこれに伴う本件タクシーの搬出妨害が正当な争議行為によるものとして民事免責されるべきであると主張するので、以下この点について判断する。

憲法二八条は勤労者の団結権、団体交渉権、その他の団体行動権を保障し、労組法八条は正当な争議行為によって使用者に生じた損害については労働組合又はその組合員に対し賠償請求をすることはできないとしているが、憲法は同時に国民の自由権、財産権等の基本的人権も保障しており、前記団結権等がこの自由権、財産権等に対し絶対的優位を有することを認めているものではないから、労働者が争議行為によって使用者側の自由意思を極度に抑圧し、財産に対する支配を阻止することが全面的に許されるわけではなく、争議行為の正当性の限界はその調和の中に求めなければならない。そして、争議行為には労働者の集団的労務供給拒否により使用者に業務遂行上の打撃を与えることをその本質とする同盟罷業とこれを実質的に維持するために必要な附随的行為を含むものと解されるが、右争議行為が正当なものと認められるか否かは、その争議行為の主体、目的、手続、手段・態様等その他諸般の事情を考慮して法秩序全体の見地からこれを判断するのが相当である。特にタクシー業においては、ストライキ中といえども車両をいったん使用者の占有下に置けば、代替要員によって操業の継続が極めて容易で、ストライキの実効性を失わせることができるのであるから、ストライキ中の労働者がその実効性を確保するためピケあるいは座り込みをもって使用者による車両の搬出を阻止しようとすることは必要・不可欠とも言うべき戦術であり、これを厳しく制限することはこのような業種の労働者の争議権を奪うに等しく相当とは言い難い。しかしながら、このような場合においても右ピケあるいは座り込みが使用者の対抗の自由を完全に封ずる形態で行われ、かつ、暴力破壊等の実力行使を伴うものであれば、もはや正当な争議行為とは認められず、組合又は組合員は右行為によって使用者に生じた損害を賠償すべきものである。

これを本件についてみるに、全自交地本は被控訴人との団体交渉における労働条件改善要求を貫徹する目的で、組合内部の決議に基づいてスト権を確立した後、事前に被控訴人に通告をしてストライキに入ったものであり、主体、目的、手続において本件争議行為に問題とすべき点はなく、その手段・態様は、ストライキ決行中の組合員が乗務する予定になっているタクシーのみを対象として格納庫の前に座り込み、これを他に搬出したいと申し入れてきた被控訴人の管理職に対し、右申入れを容易に受け入れなかったものであるが、本件タクシーを破壊したり、安全管理上の措置を拒んだりして、被控訴人の営業財産の所有権そのものを全面的に侵害したものでないことはもとより、車のエンジンキーや車体検査証を管理して組合の占有管理下に置いたものでもなく、また、乗務予定の非組合員がこれを平常どおり使用して就業しようとしたのを妨げたものでも、対応に際して暴力行為に及んだものでもない。そして、控訴人ら主張のような高知方式がハイ・タク労働のストライキの形態として慣行となっているか否かはともかくとして、被控訴人と組合との間にかつてこれと類似の労働協約が締結されていた時期があることなどに照らすと、結果的に継続して二日間にわたり六台のタクシーが操業に供されなかったことになったとしても、控訴人らが被控訴人の右搬出要求に応じる態度を示さなかったことをもって正当な争議行為の範囲を逸脱したものとすることはできない。

争議中であっても使用者に操業の自由があることは言うまでもないが、労働者にもスト破りのための臨時雇入れによる操業の継続を阻止し、管理職を含む適法な代替要員による操業の継続をも一定の限度で阻止する権利を有することは先に説示したとおりであるから、控訴人らがこれらを警戒し、本件タクシーを他の場所に搬出することに安易に応じなかったとしても、それをもって直ちに使用者の正常な操業の自由が妨げられたと評価するのは相当でないし、その対応の際に暴力行為に及んだものでもないから、その言動に多少の行き過ぎがあったとしても団結の示威の範囲にとどまるもので、本件争議に至る経緯、争議の目的、態様、被侵害利益など総合してこれを全体として評価すれば、正当な争議行為に該当すると言うべきである。

四  以上のとおりであるから、仮に控訴人らの行為によって被控訴人の営業が妨げられたとしても、それによって生じた損害につき控訴人らに対し賠償請求をすることはできず、したがって、被控訴人の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

五  よって、右と異なる原判決は不当で、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消して被控訴人の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高田政彦 裁判官 孕石孟則 裁判官松原直幹は差支えにつき署名捺印することができない。裁判長裁判官 高田政彦)

<以下省略>

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